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備忘録

個人的なメモで使っています

男女の標識

オーストラリアのメルボルンで、国際女性デーに合わせスカート姿の信号機を作ったところ、批判が殺到したというニュースを見た。心意気は認めるが、まぁそりゃ批判されるわいなと思う。何でわざわざ性差アピールの必要がない信号機でぶちあげたんだろうか。発案者の誰も赤信号を出さなかったのがすごい。

ところで、私はちょうど今日、トイレの男女マークの代替案はないものかとぼんやり考えていた。何かの啓示かもしれない(トイレの神様辺り)。半分寝ながら考えてみたが、男女の区別を表す記号はなかなか難しいものだ。

確かに、日本のトイレ標識は、女性=赤い色・スカートという、ちょっと頭の古いおっちゃんが、ネエちゃん赤色とスカート好きやろ!みたいなノリで考えたような記号である。いっぽう、代替案にふさわしいマークがぽっと思いつくかというとなかなか難題だ。物理的な男女差を取ってち〇ことま〇こにしたら今度はセクハラ扱いされるだろうし。海外ではユニークな標識もあるようだが、基本的に男女の記号の極致で表現するしかないので(女は口紅や長いまつげ、男はひげ、など)、どれもピンとこない。だからといって、ユニセックスの便所はそれこそ心底願い下げである。何でも男女席を同じくしていいってもんじゃあない。ランドセルは男女でどんな色を使おうが特段不都合はないが、何を好んで小汚いおっちゃんらと一緒のトイレを使わにゃならんのかという気分になる(あと、トイレでハメる不埒な輩もますます増えそうだ)。LGBT対応という風潮もありかとは思うのだが、最低限、トイレは少なくとも2区分は設けて欲しいものだ。

話はそれたが(そもそも本筋があったのかと疑問だが)。女性的な記号にいちゃもんをつけたくなる気持ちは痛いほどわかるが、代替案を考えあぐねてしまうのもまた現実である。誰かウルトラCの解決策を提示してくれないだろうか。

股の内の本

サル目ヒト科社畜族に属するごく普通のサラリーウーマンなので、日記に書くネタに困る。社内に渦巻く皆様の思惑あれこれを除くと、「腹減った」「眠い」くらいしか日々の感想がない。今日も元気に窓際族代表の私は暇を見つけてはネットサーフィンにいそしんでいたが、直近のイントラの履歴はたぶん「わいせつ」「みだら」「カロリー」「顎ニキビ」だと思う。思春期の自我を持て余した高校生のようである。

日々の排泄行動のようにネタの一発でもひねり出したい所であるが、如何せんガス欠である。常に口を半分開けて、起きていても寝ているような人間なので、仕方がない。老後の尿漏れ防止とばかり、上司に買えと言われた分厚い本をろくすっぽ読みもせず膝の間に挟み、内転筋とやらを鍛えるのに使っている。席を立つたびにいそいそと股の間から本を取り出すので、本を使って何かイヤらしいことをしている人だと思われているような気もするが、部内の人間が股の間に異物を挟んでいることなどさほど皆興味がないだろう。

みだら君とわいせつさん

刑法が改正され、強姦罪の名称が強制性交等罪に変更されるというニュースを見た。何とも歯に物がはさまったような罪名である。正しすぎる表現は時としてわかりにくい気がする、強姦等罪ではいけなかったのだろうか。何れにせよ、性犯罪の厳罰化は大変喜ばしいと思う。法改正に携わった方々に、おさるのジョージばりのモーションで拍手を送りたい。

おカタめのナニはさておき、今さらながら「みだら」と「わいせつ」の違いについてお勉強をした。お恥ずかしながら、ニュース業界における隠語の類で、AがキスでBがペッティング的な同一線上に位置する親族用語かと思っていたら、規定されている法令がそもそも違うらしい。わいせつな行為は強姦罪とまた別の刑法らしく、ヤらなかったもののハァハァして何らかの行為に及んだ結果しょっぴかれるもよう。一方みだらは、青少年保護を目的とする法律に属するので、青少年とおセックスしちゃった場合にお縄になるのだとか。青少年の同意があってもそこに愛がないとアウトのようだが、金は愛よりよっぽど誠実と力説したくなるのは私が汚れた大人だからだろう。

我が身を省みたときに、さすがに青少年をいてこますほど鬼畜ではないのでみだらや淫行といった用語のお世話になることはなさそうだと良く分からない安心の仕方を覚えた。

Amazonにて食器カゴを購入。コンパクト且つ排水パイプがついている点が気に入り、ウキウキしながら皿洗いをしていた。構造としては、下のプレートにたまった水が、パイプから流れ出す仕組みであり、大変衛生的で素晴らしい。思いついた人に1000円札のおひねりをねじ込みにいきたいくらいである。

しかし。ふと思ってしまった。この排水パイプ、どことなく男性器に似ていやしないだろうか。そもそも、洗った皿についた水気しか溜まらないので、排水量があまり多くない。パイプからチョロチョロと水が滴り落ちる様は、高齢者のキレの悪い排泄シーンを見ているような(実際見たことないけれど)、何とも居たたまれない気分になってしまう。

とりあえず、即席で義男(78)と名付けた。持ち主の物忘れも激しいため、明日にはこの名前も忘れているかもしれない。義男は若いころ己の長いイチモツで女性をひいひい言わせていたが、息子を使わなくなって幾何年、最近は残尿感に悩まされているという設定を考えてみた。そうすると、義男の尿のキレを良くしてやりたいあまり、つい皿洗いの際に水を切らず食器カゴに入れてしまう。

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年の差ラブ

私はAmazonにとって割とカモ客であるように思う。先日も、某漫画の一部タダ読みという餌につられ、結局全巻大人買いしている始末である。Amazon係数が突出して高い。人手不足に悩む配送業者のニュースを見て後ろ暗い気持ちになり、なるべくまとめ買いをしようと誓ったり誓わなかったりする毎日である。

話はそれたが、前述した漫画のテーマは「年の差ラブ」、しかも30歳(男)と10歳(女)という、諸手を挙げてお巡りさんを呼んでしまいそうな設定だった(同漫画の名誉のために申し上げると、男が淫行に一切手を染めず(一瞬しょっぴきそうになるシーンはあったけれど)、寒中水泳ばりの我慢力を発揮する健全な恋愛漫画で、大変面白かった)。

さすがに女側が10歳なので、男は光源氏ロリコンかと戦慄きながら読んだが、我に返ると20歳差という年齢差のカップルは今日現実でもさほど珍しくはない。「年の差 恋愛」で検索したところ、真っ先にヒットしたのが「年の差エッチ」に関する記事で、しかも媒体は日刊ゲンダイではなく赤文字系雑誌Camcamだった。若い女性の間でもポップな扱い方をされているもよう。

ただ、Camcamのおなごたちが「イクのが早い」「プレイがハード」等々、さもありなんな意見を年上男性に寄せているなか、「したいときにできない。(パート・45歳/相手・65歳)」という切実な叫びが紛れていた。小学館よ、掲載場所を「女性自身」と間違えていないか。OLが給湯室でガールズトークをしているさなかにお局が殴り込んできたような気まずさである。婦人公論あたりだったら、このあと瀬戸内寂聴先生の尊いお言葉により妙齢女性の性の悩みもめでたく昇華できそうな気もする。

特に山も落ちも意味もない内容だが、したいときにできる幸せが世の中にあるのだということは大変勉強になった。

歯医者行かなきゃ

・雑草たちよ大志を抱け

大好きな池辺葵先生の新刊。深読みが苦手な私は、なるほど池辺先生はずっと一貫してタイトルとなったこのメッセージを漫画で投げかけていたのかな、と初めて思った。

プリンセスメゾンも縫い立つ人も、主人公が大人で仕事をしているので、てっきり私は「女が一人で生きていくということ」を描きたいのかな、と感じていたし、たぶんそれも思いとして色濃くあるのではと勝手に妄想するが。いわゆる物語の主人公になるようなタイプではない、「雑草」のような脇役の女の子たちも、当たり前に喜び、当たり前に苦悩し、真剣に生きている、そしてそれはとても尊いのだというメッセージが、一番の根幹にあるのではないかと少し考えを改めました。ありのままのあなたでいいのよ、という少し間違えれば陳腐に聞こえてしまいそうなストーリーが、あえて脇役にスポットライトを当てることで、過度に美化されず、ずっしりと響いてくるんである。世間の尺に合わなくても自分を卑下しなくていいということ、そして理解者という友人がいることの幸せを、10代の少女を通して描くことでメッセージの純粋性が際立っている、名作でした。もっと描いてほしい!

あと、池辺先生は人物のバックグラウンドを全て明るみに出さず、点をぽんぽんと投げかけるだけだけど、読者がその点を拾って線にしやすいよう絶妙に設計されているのではないかなとも感じた。ピコがお母さんを「オンマー」と呼ぶので、たぶんピコのお母さんは韓国人ホステスとしてか何かで働いていたのかなー、だからお父さん愛人5人もいるのかなー、とか。成績優秀な女の子(名前忘れたorz)が父母とぜんぜん似てなくて、養子か何かかな、だから家族の朝食まで用意するくらい完璧にがんばるのかなとか。全部が語られていないにも関わらず、無理なく妄想が膨らむのである。

そして。善悪の尺度に押しつけがましさが全くなくて読みやすい。羽海野先生は(大好きですけれども!)正義感が強いのかなって感覚があり、何となく後ろ暗い気持ちがあるときには絶対読めないのだけれど。池辺先生は、もちろん私にはこういう倫理観がありますが、それは私限りのことだと理解していますので、という注釈が付くイメージなので、登場人物たちに寄り添わなくても読めるのが良い。志村貴子先生とかも近い感じ、控えめな漫画群のほうが個人的にはフィットいたしまする。

 

・かわいいひと

う~ん若干ダレてきた感が。。。というかただきちんと王道の恋愛漫画になっているだけなんですが。恋愛がうまく回りだすと(私のなかで)面白くなくなる法則。個人的にはすごくすごく応援したいのですが。。。

 

・龍の歯医者

みんなのNHKがひたすら広告流すもんだから見た。エヴァの制作陣とのことでよく分からん素人は期待して見たのだが、正直…ツボではなかった。

主人公の野々子は主演女優が好きだし可愛いー!カオリンも出てる可愛いー!と女の子キャラの戦闘シーンにはしばし興奮もしたが、計90分枠は端折りすぎという印象だった。良く分からんまま物語が転結していた、視聴者よ脳みそ使えというメッセージなのかもしれないが。尺が短すぎて、各キャラクターたちの背景などに考えが及ぶ前に新たな事実がぽんっと出てきて、おおぅそう来るんですか…と面食らった。1クールでやって欲しかった。あと、たぶん物語のキモがベルの背景にあるのだろうと思うが、男キャラの苦悩って正直どうでもいいねんという人間なので、フィットしなかった。野々子ちゃんの腹がでーんと据わっている感じがすごく好きだったが、その分ベルはなーんか器が小せぇなぁ童〇くさいなぁと逆セクハラするお局のような感想しか出てこない。

落ちた

負の連鎖にハマっているいかんいかん。

今日は会社に渦巻く毒にやられた。人は良い所も悪い所もある。話がひたすら長いある人は仕事に対し誠実である。プライドが高く愛想のない人だが思いやりもあるし親切に教えてくれたりする。面白味がなくても真面目だ。私のような我利我利亡者からすると皆得てして素晴らしい人々だと思う。彼ら彼女ら(もちろん私も)にはそれぞれの宗教があって交わる所もあれば交わらない所もある。そういう混濁して雑多な感じが多様性なので尊重容認すべきなのはわかっている、が。

いかんせん会社というのは人々の交わらない部分が全面に出がちなのであって、限られた利益を個々人が最大限欲するからまぁ醜い所ばかり見えるというのは理解しているつもりだが。こう人同士の交わらない所を浴びると精神が疲弊する。

昔は人の悪口を言って溜飲を下げる所も多々あったが、最近は本気で人の悪口はあまり言いたくない。特に自分と利害が絡む身近な人間に対しては。言うとしてもどこか遠くの人の話をするか、どこか茶化したいというか。ガス抜きしたい気持ちはあるが、せっかくだし怒るより笑いたいのだ。人を下に見る癖が私にもはっきりあるが、だからこそそういうみみっちい争いから距離を置こうと踏ん張っているのに。意図せず濁流にのみこまれて疲労困憊である。

何とか上がろう!と最近はやりのブルゾンちえみを見たが、いったい何が面白いのか全く分からず。ゆりやんがちえみにライバル心を燃やす動画を見てしまい、ゆりやんのことも純粋に楽しめなくなってしまった。ゆりやんはどちらかというと男たちが作り出した、力づくの笑いに近いのかな。ちえみは軸をずらしている感じがいいのか、正面切って勝負してないというか。あとは洋風テイストを取り入れているのがお洒落で受けるのだろうか。だから私には受けないのかな。わたしウォーキングデッドにも全くハマれなかったし。アメリカの主流ドラマって大味な気がするんですよ。。。あとテニサーのごとくセックス相手がころっころ変わるっていうか(偏見)。恋愛に必然性がない。精神ではなく肉体で恋愛してますって感じが会わない。日本のドラマもちょっとアメリカ風になっている気がしなくもない。だから韓流が超面白い。性規範が固いからかわからないが、アジア圏は割と男女関係の必然性をストーリーに混ぜ込まないと成り立たないのかも。

更にまんが大賞ノミネートの作品をちらちら読むが(大好きな作品がノミネートされてた!この記事ネガティブなので名前挙げないけど!すばらしい!)少年漫画が本当に読めなくなってる。中学生男子の心をくすぐるような話とか・・まぁ・・・すごく見せ方が上手いのはわかるが深みがないとか偉そうなこと思ってしまう。わたしが好きな妙齢女子が主人公の漫画なんてそれこそ少年ジャンプの読者には必要ないもんなぁ。

でも。漫画ってどうあれ読者が楽しめるコンテンツっていう点で尊いよね。現実逃避だって言われても構わない。おらは今日猛烈に疲れたんだパトラッシュ。会社も人間社会のどろどろももう嫌だよ・・みんなお友達の少年ジャンプみたいな世界に行きたいよパトラッシュ。もう矛盾だらけ。寝る。